15坪の店に毎日1,500人が訪れる〈BEER & CAFE BERG〉

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新宿駅の胎内ともいえる場所に「BEER & CAFE BERG」(以下、ベルク)はある。JR東口改札から地下鉄へと続く階段の手前だ。2006年に駅ビルからの立ち退き勧告を受けた時、応援する2万人の署名が集まった。15坪の店に毎日約1,500人が訪れる、ベルクの井野朋也店長と迫川尚子副店長にお話を伺った。
ロックなポーズを決め続ける井野さん(左)に「そんなポーズやめてよ」と笑いながら、「長い付き合いだけどいまだに不思議。その不思議さがベルクの不思議さなのかも」と迫川さん(右)

毎日食べても「飽きない食」がテーマ

何十年もベルクの前を行き来していたのに、数年前までその存在に気付けなかった。「僕もたまに通り過ぎることがあります(笑)。そういう場所なんですよ。お店がある一角という雰囲気が全くないので」と井野さん。人々が足早に行く通路沿いのこの場所は、井野さんの祖父(岸信介は親友で、死ぬ時には岸が手を握りにきたという)が駅ビルのトップだった時代に、詩人の息子(井野さんの父)のために確保した。1970年に純喫茶を開店。かつて駅ビルはそういうツテで入る店が多く、それらはトップが変わればなくなる運命だった。純喫茶「ベルク」も祖父なき後、駅側から疎まれていたという。

新宿生まれで新宿育ちの井野さんは、ご両親の店に駅から追い出しがかかったことで、「一度追い出されたら二度とこんな場所で商売はできない。とにかくここを占拠しよう」と受け継いだ。だから、「せっかく占拠したこの場所で、みんなで何かやろうよ」というのが基本姿勢だ。実際、後ろ盾がない自分たちにとって、お客さんやスタッフ、業者だけが頼りだったし、今もそれは変わらない。
この場所を占拠し続けるには売上を上げること、と1990年に低価格高回転のファストフード店に業態変更。椅子席に加え、立ち席用のカウンターを作った。そして、この場所で一日でも長く続けるために、自分たちの居心地が良く、毎日食べても「飽きない食」を提供することが店作りのテーマとなった。

ここに矛盾が生じる。強い味でないとお客さんは立って食べない。だけど毎日食べたいのはそういう味ではない。結果、お客さんはカウンターに立ってくれない。ただでさえこの立地のため、朝晩の通勤客以外はほぼ集客がないのに、カウンターを見て「立ち飲みか」と素通りするお客さんもいたという。なんとかせねばと、2000年にメニュー改革をしたのが、今のベルクのベースとなった。

この時に、天才的な味覚を持ち「舌で色や形が見える」という迫川さんが中心となり、女性客をターゲットに開発した「ジャーマンブランチ」は今もベルクの柱。パンに塗るパテが時代を先駆けていたが、迫川さんは「絶対に分かってもらえる」と信じて待った。時間はかかったが、昼の時間にも客足が増え、女性客がひとり、カウンターで食べる姿を見た時は井野さんも「わぁ、やったー!」と喜んだ。

パン、コーヒー、ソーセージの三大職人

ベルクの食へのこだわりは凄まじい。まず、コーヒー、パン、ソーセージの三大職人がいる。コーヒーを飲めば雑味のない爽やかさに驚く。看板メニューの「ベルクドック」は、ジューシーなソーセージと、それに合うように作ったパンとの相性が最高だ。200種類以上あるメニューの全てが組み合わせ自由で持ち帰り可能。それをこなす「スタッフが本当にすごいです」と迫川さん。そして「一番の自慢は食品ロスが出ないこと」だと井野さんは胸を張る。
保存料に頼った食材が少なく、日持ちしない上にストック場所も限られているので、担当がこまめに食材を注文している。「ソーセージやハム、パテは常温で2時間。冷蔵でも一日が限度。パンも初日と翌日では味と食感が変わる。コーヒー豆も生鮮食品」と迫川さん。厨房はコックピットのようで、無駄な動きや愛想笑いは一切ない。その緊張感もベルクらしい。カレーやラタトゥイユ、軟骨揚げなど、開発したスタッフが愛着を持って目を配る。

雑多の中の落ち着き、それがベルク

コロナ禍で新宿から人がいなくなっても、社員とアルバイトを守るため、物販店として稼働し続けた。そこに行き場のない高級食材が集まり、ジビエなどの新メニューが生まれた。迫川さんは猪丼を毎日作ったという。

「いつも危機の時にお客さんがスーパーマンのようにやってきてくれるんです」と迫川さん。だからこそおいしいものを安く出したい。「安くておいしい、どうだ!といい顔をして、気持ちよくやっていたいんですよね」と井野さん。値上げはしにくいが、日々魅力的な新商品を作って、もう一品食べようかな、もう一杯飲もうかな、と思ってもらえたら—という。

場所柄、客層が多種多様で、国籍も年齢層も幅広く、ホームレスからセレブまでが訪れる。その雑多な人々の中にいるとなぜか落ち着き、透明になれる。饒舌な壁が孤独に寄り添う。そして、絶対的に信頼できる味や、未開拓のメニューに会いに、また行きたくなる。それらを支えているのは「日々の努力。それしかないですよね」と迫川さん。ベルクは止まらない。「やたら」に高品質を保ったまま、呼吸し続けている。

椅子席に座れた午後3時、ふと見ると一点の曇りもないガラス窓。「こういう元気な個人店がいっぱいある街っていいですよね」と井野さんは言う。画一的なチェーン店の良さもあるが、個人店の揺らぎを楽しめる自分でいたい。
(写真と文 篠田英美)

BEER & CAFE BERG

東京都新宿区新宿3丁目38-1 ルミネエストB1
https://www.berg.jp/
営業時間/月〜日 7:00~23:00