まちの薬局つれづれ日記 第15回

2018.10.24 薬剤師コラム


日常の中で感じるあんなこと、こんなこと。
class A 薬局の仲間で、薬正堂(沖縄県)薬剤師の佐藤雅美さんがお届けします。

山羊をめぐる冒険

沖縄では山羊(ヒージャー)を食べる文化がある。ヒージャー薬(ぐすい)と言われ、今でも滋養強壮の食材として珍重されている。
ヒージャー汁(山羊汁)・ヒージャー刺(山羊の刺身)・山羊のチーイリチャー(またはチーイリチー、山羊の血を使った炒め物)と幾つかの調理法で提供されており、熱烈なファンが多い。

以前は、血圧を上げてしまうので高血圧の方にはNGだと言われていた(ちなみに「下げ薬」とも言われており、臨月以外の妊婦には禁忌である)。薬局でも時々、高血圧顔貌の方から「ヒージャーは大好物だけど血圧が高いから最近は食べないようにしている」と聞いたものである。
2014年1月に琉球大学農学部・砂川勝徳教授のチームが、ヒージャー自体に血圧を上げる作用はなく、汁に含まれる塩分が血圧に悪さをするという研究発表をして以来、一気にその需要が増した。県産の山羊だけでは供給不足になってしまい、オーストラリア等からの輸入で間に合わせているような状況だと聞いている。そのせいか、値段もそれなりに上昇傾向にあり、1杯1,500円~2,000円もする高価な食べ物になってしまった。
日常的に食卓に上る家庭はあまり聞かない。街にある山羊汁専門店かスナックのような場所でも用意されている(なるほど)。珍しい場所と言えば、家の上棟祭(沖縄ではコンクリート流し)で提供されることが多く、その家に関係のない輩も、山羊汁が用意されていると聞くと何食わぬ顔で席に着き、相伴に預かっているという。

私の「山羊をめぐる冒険」は、物心がついた頃に始まる。父が6人兄弟の長子であったため、祖父母・父の兄弟たちと一緒に宮古島で14人の大家族で住んでいた。庭の一角に案外立派な小屋があり、牛や馬、山羊が飼育されており、私のお気に入りは牛。余談であるが、その眉間を撫でるのが大好きで、今でも黒ラブの福ちゃん(わが家のペット)の眉間を撫でる時に、その感触を思いだすほどである。
何かお祝い事があると、家から少し離れた広場で親戚が集まり、宴のために飼育している山羊が潰された。独特な獣臭にも何の抵抗もなく美味しく食べていたように覚えている。成長するにつれ、その機会も減り、20代で久しぶりに食することになった。いや~その時の山羊汁の臭いこと、クサイコト。もうたまらない程の臭いに、それから20年、山羊アンテナを畳んで過ごしてきた。しかし、ついに冒険が再開される日が来てしまったのである。これまた宮古島で。肉体労働後、精根尽き果てそうになった時に奴は出てきた。
臭みも殆どなく、本来のあっさりとした赤身の肉質をまとい。刺身は更に食べやすく、生姜との相性がピッタリ!翌日、その滋養強壮の絶大なる効果を実感し更に驚いた。疲れが全く残っていないのである(効果は個人的なものです)。
それからの私はヒージャー伝道師と化し、県外からやって来るお客さんには話のネタに経験するよう勧めている。しかし、興味は持ってくれるものの「今度ぜひ……」と上手に躱され、なかなか成らず。

そんな中、先日3人の勇気ある方々を専門店にお連れする機会があった。約束した時のノリノリの雰囲気とは違い、緊張のせいか口数も少ない3人の前に運ばれてきたのは、美味しそうな刺身とヒージャー汁(思い出すとヨダレが)。覚悟を決めたのか無口になりながらも、ダラダラと汗をかきつつ見事に完食。
食後は、「刺身は美味しかった」「山羊汁が出てきた時の臭いにはひるんだが、口に入れると思いのほか食べることができた」など饒舌に語り始めたのである。
後日談として、帰りの車中では「武勇伝をつくった」と大盛り上がりだった……そうな。

最後に「やぎの冒険」(2011年公開)という映画を紹介しておきたい。今から7年前に公開されたこの映画は、沖縄の中学生監督・仲村颯悟の作品である。時に名前まで付けられ、まるでペットのように可愛がられながらも食べられる運命にある山羊。ひょんなことから逃げ出した山羊を追いかけながら、ユーモラスで時にシリアスな冒険を通し、少年は「食べることの意味を知る」。
食べること=生きること。切なくも深い一作である。

text by 佐藤雅美(さとう・まさみ)

沖縄県宮古島出身。大学卒業後、病院薬剤師勤務を経て薬局薬剤師へ。「観・食・感」を人生のテーマに掲げて、日々をひっそり・こっそり愉しみ中。