素のままの自分で過ごせる場所〈Title ー東京都杉並区ー〉

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荻窪駅から西荻窪方面へ歩くこと10分強。青梅街道沿いにある、築約80年の民家を改装した2階建ての本屋「Title」には、わざわざ行きたくなる魅力がある。その発信元である店主は自転車に乗って風のように現れた。どこか霧の中に佇む親鹿のような雰囲気を漂わせる、辻山良雄さんにお話を伺った。
初めてTitleを訪れたのは、今年3月3日、雪のひな祭りの日。画家、牧野伊三夫さんの本の刊行(原画展は2階ギャラリーで開催)に伴うトークイベントに参加した。「ミシッ」と鳴る木の床が懐かしい店内へ入り、奥のカフェでふるまわれた甘酒の日本酒割りで、冷えた体は瞬く間に温まる。トークの聞き手をつとめた辻山さんは、言葉を丁寧に置くように話す印象を受けた。

イベントは月に数回、可動式の什器を動かして1階にスペースを作って行われ、参加できる人数は30人弱。単に本を買うことだけにとどまらない体験を生み出す。2階ギャラリーでの企画展示も、いつかは行ってみようと思っていたお客さんをお店に呼ぶ機会になる。展示内容の幅を広げることで、いつもとは違ったお客さんを呼ぶこともできる。「本を書く人読む人が行き交い、同じ場所で出版も行われ—、そうした動いている本の在りかを作りたいと思い、Titleという店を開いた」と、辻山さんの著書(注1)にある。まさに、ここでは本を中心にいつも何かが動いている気がする。

注1:『ことばの生まれる景色』辻山良雄 文 nakaban 絵 ナナロク社 2019年刊
2016年に開業する前、辻山さんは大型書店のリブロに18年間勤め、100名以上が働く1000坪のお店を管理職として見ていた経験がある。独立のきっかけは、リブロ池袋本店の閉店、そして、その少し前に母の死があった。病室で母に寄り添っていた時、働いている時よりも時間がゆっくりと流れ、時間の襞のようなものを感じたという。そして「もっと健やかに自分らしく、十分に生きたい」という思いから、「自分が辞めようと思わない限りは、本のある場所を継続して作ることができる」個人の本屋を、中でも、「今、生きている人に対して、“こういう考え方もあるよ”などという思いを、本を通して届けられる」新刊書店をやろうと決めた。

ウェブサイトのトップページには「毎日のほん」というコーナーがある。毎朝8時になると、その日の日付と、その日に紹介する本の書名、著者名、出版社名と140字程度の紹介文が自動的に更新されるようになっている。ウェブサイトを作る際に「毎日見に来るのが楽しくなるような何か」を考え、本屋の自分にできそうなことが本の紹介だった。自分で目利きをして、自らの言葉を添えて発信することで、ここに来たら何かがあるんじゃないかと思って欲しい。毎日にしたのは、「この人はこれに賭けているという本気度が伝わらないと、人の心は動かない。ましてや、足を運ばせることはできない」と思っているから。「毎日のほん」の文章の一部をコピーしてXに載せることが日課でもあり、店頭でもネット上でも「いつも楽しみに見ています」という声が多い。
「本や本屋は、本来の自分に戻れる場所」と、辻山さん。本屋に入って来た人は、店にある本を眺め、手に取るうちに、次第にその人自身へと帰っていく。「本屋にいるときくらいは時間を独り占めして、素のままの自分で」過ごせる場所を整えておくことが、本屋の店主としての仕事でもある。

本屋の日常は地味で、毎朝の荷物の開梱から、補充の注文、その間に新刊の案内を発信し、月に何回かはイベントを行う、そうしたルーティーンの中で、お客さんから反応の良かった本を見つけて、それを深めていく。「目の前のお客さんを信じ、信用を積み重ねながら、そして、臆せず言葉を発信し続けることで、Titleのファンを増やしていくのが、店が安定するいちばんの近道だと思います」。本屋は日々時代の空気を吸い、吐き、新陳代謝している。本来の自分に帰れる、そんなかけがえのない場所を守ってくれている店主は、本の森の守り神のようだ。
(写真と文 篠田英美)

Title

東京都杉並区桃井1丁目5-2  電話:03-6884-2894
営業時間:12:00 - 19:30(日曜は19:00まで)
定休日:毎週水曜・第一、第三火曜